2016-05-09

ほうって(放って)おくべき人物・案件への粋なかかわり方を考える

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いろんなブログを拝見していると、「人のことは放っておいて、自分のことに集中しようぜ。」みたいな意見に出会うことがあって、「うんうん、確かに。」と、それらの意見に賛同しつつ、どこか腑に落ちないというか、違和感を覚えていました。

この違和感の正体を知りたくて、長いこと考えていたのですが、今日ようやく、私なりの答えがひとつ出ました。

「ほうっておくべきだ」と、みずから言及すること自体が、「ほうっておらず、絡んでいる」から違和感があるのでした。

本当に放っておくべき人物・案件なら、触れず気にせず過ごしているわけで、にもかかわらず絡みに行くということは、実はそれが気になって仕方がないように感じてしまう。

だから、賛同しつつ腑に落ちない、という矛盾を感じていたのでした。

 

私は少し前「アメブロほったらかしの理由をこのサイトで書きますね」と、よく言っていました。

でもそのことは、もうすっかりと忘れ呆けていて「アメブロほったらかしの理由を書くと発言した事自体がほったらかし」になっておるわけですが、真の「放っておく」とは、この状態ではないかなと思ったのです。

アメブロほったらかしの理由を書くと宣言していたとき、私はアメブロのことを気にかけていました。

再開しようかな~、時たま更新しちゃおっかな~、読者も1000人以上いたのにやめたら勿体ないかな~、ワードプレス(このサイト)のアクセス伸びないし、毎回の記事をアメブロからリンクさせよっかな~。

なんて未練タラタラでしたが、最近ではみじんも考えていませんでした。

「放っておく」のちゃんとした意味が気になったので、辞書を引くと「目をかけず打ち捨てておくこと、かえりみない様子、放置」とありました。

やはり私のアメブロは、真の「放っておく」状態であったということです。

ということは、放っておくべき人物・案件には、一切の口出しをせず、まるで知らないことのように過ごすのが「粋」なのではないかな、と答えがでたのですが、皆さまは、どのようなご意見をお持ちでしょうか。

 

かくいう私も昔はよく「人のことなんて放っておけばいいのにねぇ!」と、ずいぶん上から目線で発言していました。

最近では、そういうことも言わなくなって、少しは大人になったみたいテヘへ…



としみじみした直後、「友達がいないから誰とも喋っていないだけだ。」という真実を思い出しました。

 

2016-05-09 | Posted in ブログ運営のPR方法No Comments » 

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